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      <title>Nの方向 : 雑談</title>
      <link>http://www.n-houkou.net/blog/</link>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>ニュー向田ブログ</title>
         <description><![CDATA[皆さん、お久しぶりです。ペコ山ペコ太郎です。

あ、いや、向田です。

思うところあってしばらくＮの雑談をお休みしていたのですが（その間に訪れてくださった皆さん、本当にすみませんでした！）、思うところあって新たに別の場所でブログを始めました。
いろいろ思うところのある年頃なのです。

ニュー向田ブログ<a href="http://d.hatena.ne.jp/mukouda/">http://d.hatena.ne.jp/mukouda/</a>

お休みしている間に国分寺から杉並区に引っ越し、メガネからコンタクトに変えた向田です。
きっと今までとは違ってマメに更新することでしょう。

そして、色々と新たにやりたいことが出てきて（ふじきさんに続いて私も新ユニットを企画中です）、Ｎの方向の次回公演は未定なのですが、公演をすることになったらこちらのページでもまた何か書きたいと思います。（それ以前にも何か企画があるかもです。）

そんな気ままで身勝手な向田は、杉本彩にムチでぶたれればいいと思います。

皆さん（杉本彩さん）、これからもよろしくお願いします！


追伸。
ふじきです。便乗ですが僕もブログやっていますのでついでに見てあげて下さい。
<a href="http://fujikimitsuhiko.sblo.jp/">ふじきみつ彦の日記です。</a>杉本彩さん、よろしくお願いします！]]></description>
         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/10/post_39.php</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 02:03:20 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>力（りょく）の力（ちから）</title>
         <description>何年か前に“老人力”という言葉が流行ったのを覚えてらっしゃるだろうか？
たしか、元は赤瀬川原平の本のタイトルである。

その後、“質問力”“鈍感力”など、数々の“力（りょく）”が世に叫ばれてきた。
この、“なんちゃら力”という言い回しの優れたところは、どんな言葉にも簡単に、説得力やインパクトを付与できる点にある。
試しに思いついた言葉に“力”をつけてみて欲しい。

“通勤力”、“二度寝力”、“引きこもり力”、“叱られ力”

どうだ。なんとなく説得力が増している気がするではないか。

「やっぱり、我々社会人には、叱られ力が必要だよね」

そんな気がしてくるではないか。
というわけで、この便利な言い回しは現在でも広く使われている。

そんな中のひとつだろう。薬局で思わぬ“力（りょく）”を目にした。
栄養ドリンクを買って店先で飲んでいると、その文字が目に飛び込んで来たのだ…。

“避妊力”

おそらくは避妊具（もしくは避妊薬）だろう。赤いパッケージに太々とそう書かれている。

凄い言葉だ。
できちゃった婚のカップルなどは、避妊力が足りなかった、ということになるのだろうか…。
こんな商品名がまかり通るようでは日本の少子高齢化は今後も避けられまいよ。

安直で全く好きになれないネーミングだが、つい紹介してしまった。
恐るべし、“力（りょく）”の力（ちから）。

ちなみに私はこの商品を購入する予定は無い。
このような商品に頼らずとも、生まれつきずば抜けた避妊力を持っているからだ。

女性に見向きもされないという、絶大な避妊力…。

栄養ドリンクなど飲んでどうするのだ？
俺よ。</description>
         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/07/post_38.php</link>
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         <pubDate>Fri, 04 Jul 2008 23:54:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Ｐｕｓｈｉｎ’Ｔｏｏ Ｈａｒｄ</title>
         <description>Ｔｈｅ Ｓｅｅｄｓ（６０年代のアメリカのガレージバンド）のＣＤを買った。

公演が終わったら自分へのご褒美として何か買うことにしているのだ。

これまではゲームソフトなどを買っていたが、今回はＣＤだ。
私の身近にいる人間はすでにお気づきだろう。最近の私は６０～７０年代のサイケなロックを狂ったように聴き漁っているのだ。

聴き漁っているなどと書くと、週末はクラブでＤＪでもやっている音楽通のモテモテさんのように思われるかもしれないが、そんなことは全くなく、週末はおにぎりを握ったり、おにぎりを食べたりしているのが似合うこの私だ。手にゴハン粒がたくさん付いているのでクラブになど入れてももらえないし、ターンテーブルに触れようとすればすぐさま怒られるだろう。

つまりは、これまで音楽とは無縁の男だったのだ。
バンドを組んだこともないし、楽器は縦笛で『エーデルワイス』を吹いて以来手にしていない。
ＣＤも中島みゆきと森田童子（この二人は今でも心から好きだが、我ながら暗い青春時代を送っていたのだなと思う…。）以外持っていなかった。

それがなぜ、ここへ来て突如音楽に目覚めたのか…。

それはいくつかの素晴らしい楽曲との出会いがきっかけなのだが、長くなるのでまたの機会にする。

Ｔｈｅ Ｓｅｅｄｓの代表曲『Ｐｕｓｈｉｎ’Ｔｏｏ Ｈａｒｄ』は、聴くと全てがどうでもいい気分になる曲です。好き嫌いはあると思いますが、イヤな事があった人（もしくは、強く押され過ぎている人）は聴いてみてください。私も今聴いています。

ああ、いい…。なんていいんだ…。
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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/06/post_37.php</link>
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         <pubDate>Sat, 28 Jun 2008 01:37:12 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>湯島を終えて</title>
         <description>公演が終わった翌日は予定を入れないことにしている。

これがなんとも楽しい。
朝、目が覚めてから一日をどう過ごすか考える。
公演前の時間に追われる日々から比べると夢のようだ。

結局、吉祥寺の喫茶店で過ごすことにし、コーヒーをすすりながらこの文章を書いている。井の頭公園の入口にある猫の居る店だ。
残念ながら今日は猫は居ないが、猫とはそういうものだ。私もそのような人間になりたい。

湯島天神での公演について振り返ってみる。

とにかく色々な事を考えさせられる公演だった。
個人的に色々悩みを抱えていたのもあるが、稽古期間中に秋葉原の事件が起こったことも大きい。事件が起こったあの日、我々は現場からほど近いお茶の水で稽古をしていたのだ。

どうしても思考が人の生き死にや心の闇の問題に向いてしまい、殺伐とした気分になった。
それで、無意識のうちにネタが暴力的になったり、退廃的になったりしてしまった。

…まあ、いいか。

ともあれ、無事に（尾関がまたアキレス腱をやってしまいましたが。しかも楽日の本番前、自宅から湯島への移動中に）終わってよかったです。

ご来場頂いた皆さん、本当にありがとうございました！

さて、今から喫茶店を出てどこへ行こうか…。
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         <pubDate>Mon, 23 Jun 2008 12:51:38 +0900</pubDate>
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         <title>ガッツとバンザイ</title>
         <description>よくは覚えていない。
そこは病院か、もしくは、何かの公共施設のような場所だった。
その建物の中に私はいて、ゆるやかにカーブした廊下を、見知らぬ女性と２人で歩いていた。
私は黙って歩くのだが、女は私にしつこく質問を浴びせてくる。

ただひたすらに、「ウルフルズは好きですか？」、「ウルフルズは今後どうすればいいですか？」と…。

あんまりしつこいので、私はウルフルズについて考えねばという気持ちになる。

以上が、昨日見た夢である。
この夢の解釈で重要になるのは、やはりウルフルズであろう。（別に解釈する必要など無いのだが）

夢を無意識からのメッセージとするなら、このようにさりげなくウルフルズが夢に登場するのは、何かの象徴であると考えられる。
いったい何の象徴だ？私の無意識にとってウルフルズは何を意味するのか…。

…わからない。
ウルフルズの人には申し訳ないのだが、全く思い入れが無い。ＣＤも持っていないし、好きでも嫌いでもない。今までの私は、ウルフルズにまるで興味が無かったのだ。

夢判断においてはこういう場合、ウルフルズを身近な人物の分身（象徴？）として解釈するのだが、身近にウルフルズを連想させるような人物は思い当たらない。
そもそも私は、トータス松本以外のメンバー（ウルフルケイスケ、ジョン・Ｂ・チョッパー、サンコンＪｒ．）の顔をよく知らない。

彼らについて知っているのは、いくつかのヒット曲だけだ。

これでは解釈のしようが無いように思うが、その少ない知識で無理やり結論を導くとこういうことになるだろう。


無意識が私に、「ガッツだぜ！」と言っている。

まあ、そういうことだ。
無意識よ。励ましてくれてありがとう。
言われた通り、パワフル魂で酸いも甘いも頑張ります。

何を頑張るかというと来月に迫った湯島天神での公演です。

そういうわけで皆さん、お時間がありましたら是非いらしてください。

宣伝しておいてなんですが、台本はまだ書けていません。

なんだか泣けてきます。

そして、特に意味はありませんが、

バンザイ！</description>
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         <pubDate>Fri, 23 May 2008 23:52:10 +0900</pubDate>
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         <title>爪を切った</title>
         <description>爪を切っていて、ある事に気づいた。

“人は足の爪を切る時、どうしても哀愁が出てしまう”

ふと、爪切りを操る自分の姿を俯瞰で見てみたのだ。

手の爪を切る時はどうということないのだが、足の爪を切ろうと背中を丸めた瞬間から、どっと哀愁が溢れ出ている。

「あー、出てる…。俺、今、哀愁出てるわ…。」

丸まった背中。
おそらく哀愁はそこから出るのだ。しかも、年長の男性ほどよく出る。（小学生の頃はあまり出ない。）

ちょっと想像してみて欲しい。

「新聞紙を広げ、黙って爪を切っている福田総理」

…凄い哀愁だ。哀愁が支持率を上回っている。
しかし、若い女性の中にも、なかなかの哀愁を出す人物がいる。

「つけっぱなしのテレビに目もくれず、夢中で足の爪を切っている島崎和歌子」

おそらく傍らには缶チューハイが置かれているだろう。なんとも切ない、いい哀愁じゃないか。
では、これはどうだろう？

「初めて見る日本の爪切りに、戸惑いを隠せないアフリカの人」

海外の爪切りがどういう形状かわからないが、おそらく我々が使っているものとは違う。
きっと途方に暮れて、遠いアフリカの大地を想うに違いない。哀愁混じりに。（だが数年後、祖国へのお土産に日本の爪切りを買い求める彼の姿が…。）
ならばこういうのはどうだ？

「東京ドームに大勢の人が集まり、一斉に爪を切る」

…これはさすがに哀愁が無い。ダメ。大勢はダメ。
哀愁は孤独な背中に宿る。だから大勢はダメ。


余計なことを考えていて、随分と爪を切るのに時間がかかってしまった。
特に意味の無い時間だ。

だが、またしばらくすると哀愁たっぷりに爪を切る日がやってくる。

繰り返される無駄な時間。
人は哀愁から逃れることができない。

女の人がマニキュアを塗るのは、その哀愁を隠すためだろうか…？</description>
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         <pubDate>Thu, 15 May 2008 23:20:31 +0900</pubDate>
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         <title>男もいろいろ</title>
         <description>「男にも生理があるよね」

尾関とお茶をしていて、そういう話になった。
女性に毎月そういうものがあるのは有名な話だが、男性にもそういう体調の変化があるというのだ。

なんでも尾関は、女性がそうするように、毎日手帳にその日のテンションを記録しているらしい。

（女性がそうするように、と書いたが、よく考えるとあれは体温をつけているのであって、尾関のようにテンションを書きしるしている女がいたらイヤだ。）

その手帳によると、たしかに月に一度の周期でテンションが落ち込むとのこと。そして、そんな時期は舞台上でもいまいち気持ちが乗らないと言う。

「プロなんだからそれではダメだろ」

心の中で尾関を叱る。（本当には叱らない。喫茶店で足にギプスを付けた男を叱る…。なるべくならそんな光景を演じたくはない）

だが、彼の言うテンションとは、テンションも含めた体調のことだろう。それなら私にも心当たりがある。やはり月に一度の周期で、どうにも調子が出ない時期があるのだ。

何も考えられない、ただただ呆然とやり過ごす数日。

そして実は、今の私はその真っ只中にいる…。

ふと、男性用の生理用品を発売すれば儲かるのではないかと思いつくが、それがどういう商品なのか全くイメージができない。

女性にはいろいろあると言うが、男性にもそれはあるのです。
しかも、男性は多い日も安心というわけにはいかない。

多い日は不安です。

何が多いのかはわからないが。</description>
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         <pubDate>Sat, 03 May 2008 01:57:26 +0900</pubDate>
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         <title>正雄になりたい</title>
         <description>今年も間違われる季節がやってきた。

「ちょっとすいません。新入生の方を対象にアンケートをとっているんですが…」

私が住む街にはいくつかの大学があり、毎年この時期になると駅前で大学１年生に間違われるのだ。
この街に引っ越して来て以来、その恒例行事は３年も続いている。

いくらなんでも３０歳の私が１９歳に見えているわけではないだろう。
いったい彼らの中で、私はいくつの大学生という設定なのだ？
いったい何浪した末に受かったという設定なのだ…。
２５歳に見られていたとしても６浪。

ベンゾウさんか私は。

正直、まさか今年も間違われるとは思わなかった…。いったい俺がいくつになるまで間違えるつもりだよ！なんだか、毎年リンボーダンスをやらされているような気分だよ！

柄にもなくテンションを上げたところ、どう文章を続ければいいのかわからなくなりましたので、ここで終わります。

ああ、決して大学生に間違われることのない草刈正雄のようなルックスに、私はなりたい…。</description>
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         <pubDate>Sun, 27 Apr 2008 23:53:56 +0900</pubDate>
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         <title>メキシカンキャッシュボーイ</title>
         <description>ラバーガールの単独ライブに行って来た。
タイトルは、『メキシカンキャッシュボーイ』だ。
なんだかよくわからないタイトルだが、彼らのそういう、世界をナメきったようなふざけた言葉のチョイスが私は好きだ。

会場の恵比寿エコー劇場はとても綺麗な劇場だ。客席に入ると、何台かのテレビカメラが舞台上を狙っている。

あれはもしや、ＤＶＤ化のための…。

一緒に行った高佐の顔が嫉妬の色に染まる。
それは、私の顔も同じことだ。
自分たちの舞台がＤＶＤになり、店頭に並ぶ。レンタルビデオ店に並ぶ。レジに持って行かれ、借りられる。自宅でスナック菓子をお供に鑑賞され、うっかり延滞される。通勤の行き帰りで返却される。返却ボックスに入れられる。返却ボックスの中で高倉健の映画や、いやらしいＤＶＤとごちゃまぜになる…。

「お母さーーーーーん！！」

思わずそう叫んでしまうくらい、それは素敵なことだ。
なんともうらやましい。
そんなことを考えて身もだえているとやがて暗くなり、舞台が始まった。

「お義兄さーーーーーん！！」

実の兄も義理の兄もいないのにそう叫んでしまうくらい、才気溢れるコントの数々。
もし、姉が結婚して義理の兄ができたら、彼らのコントについて話そうと思う。
現在３６歳で、さらに年上好きの姉のことだ。お義兄さんはおそらく４０代だろう。
お義兄さんは彼らを面白がってくれるだろうか。

きっと面白がってくれる筈だ。
それくらいの一般性があるからこそ、ライブがＤＶＤになるのだ。

個人的にはバット職人のコントが特に好きでした。
我々も、精進しようと思います。

そして、姉にも結婚に向かって精進してもらいたいものです。</description>
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         <pubDate>Sat, 19 Apr 2008 17:49:12 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>知られざるジャコメッリ</title>
         <description>恵比寿ガーデンプレイスにやって来た。
生まれて２度目だ。

恵比寿ガーデンプレイス。
そう聞くと、パルテノン神殿のような場所を思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。

恵比寿＝神様
プレイス＝パレス
という連想が働くのだろう。だが、実際は綺麗な建物が立ち並ぶお上品な一角だ。歩いている人種もお金持ちのマダムや高そうなスーツを着たビジネスマンが多い。

さて、日頃やたらと１００円ショップに行く男がなぜこのような場違いな空間に来てしまったのか…。

それは、このガーデンプレイス内に東京都写真美術館があるからだ。

『知られざる鬼才　マリオ・ジャコメッリ展』
『シュルレアリスムと写真　痙攣する美』

この２つの写真展を見に来た。

知られざる鬼才、マリオ・ジャコメッリ。
さすがは知られざる鬼才だ。私はこの人のことを知らない。今日初めて知った。
日本人には覚えにくい変な名前であることも知られざることの知られざる一因だろう。

しかし、その知られざる作品群はとてもよかった。
素人の私には写真の技法や歴史的位置づけはさっぱりわからないが、とにかくとてもよかった。
さすがは知られざる鬼才だ。

一方、シュルレアリスムの方はというと、こちらは正直微妙だった。いくつかの作品にはハッとさせられたが、全体的には微妙。展示の仕方もただマジメに写真を並べただけで退屈だった。

どちらか見ようという人は、マリオ・ジャコメッリの方がいいです。

知られざる客の、知られざる意見ですが。
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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/04/post_30.php</link>
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         <pubDate>Sat, 12 Apr 2008 00:04:47 +0900</pubDate>
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         <title>天気の話を終えて</title>
         <description>どうも。向田です。
ＴＨＥ ＧＥＥＳＥ第４回単独ライブ『天気の話はしたくない』が無事に終わりました。

ご来場くださった皆さん、ご来場こそなさらなかったものの気にかけていてくださった皆さん、特に気にかけてはいなかった皆さん、ありがとうございました。
とにかく無事に終わったのでこの世のあらゆる存在に感謝しております。近所の犬にも感謝です。アリにもアブラムシにも、その天敵のテントウムシにも感謝です。

さて、無事に終わったと書きましたが、無事ではなかった男が一人います。
土日の公演にお越しいただいた方はご存じかと思いますが、尾関が金曜の公演中に足を怪我してしまったのです。

公演中はどの程度の怪我かはぼやかしていましたが、アキレス腱断裂です。

野球選手が前半戦絶望とかいう、あれです。
パワプロ（野球ゲームです）でも走力や守備力がかなり下がる、あの怪我です。

舞台の中盤でアキレス腱を切ったにもかかわらず、尾関はそれをほとんど周囲に悟らせることなく、そのまま最後まで演じきりました。
凄まじい根性です。『魁！男塾』みたいです。

もちろん、怪我をしてしまったことはプロの舞台人として決してほめられたことではありませんが、彼には心からお疲れ様と言いたいです。

尾関よ。
きっと君は人類史上、アキレス腱を切った状態でもっとも笑いをとった男だよ。
Ａ（アキレス腱断裂）１グランプリがあったら、きっと決勝進出だよ。
もともと、顔がギリシャ神話のアキレスに似ているよ。

彼の一日も早い回復を祈ります。

そして、高佐よ。
あまり動けない尾関をカバーしてよくやったよ。
面白い例えは浮かばないが、本当に感謝しているよ。

そして、読者の方々よ。
ここ２カ月、コントを書くだけで手いっぱいになり、ブログは放置していましたが、今日から再開します。相変わらずダメな感じの文章をだらだら書きますが、またよろしくお願いします。

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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/04/post_29.php</link>
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         <pubDate>Mon, 07 Apr 2008 00:49:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>１ＧＢ</title>
         <description>ｍｉｃｒｏＳＤカードという物を買った。
携帯電話やデジカメに差し込んでデータを保存したり持ち運んだりするためのものだ。
小指の爪くらいの大きさの物体に１ＧＢものデータを書き込むことができる。

まさしくあれだ。
昔、スパイ映画などに出てきたマイクロチップというやつだ。

そんなスパイへの憧れもあって買ってしまった。
しかも安かった。
大手メーカー品だと数千円する筈だが、聞いたことのないメーカーのやつだったので８９０円だった。

即買い。

これで携帯やパソコンに空いている謎の穴をフルに活用することができる…。
さっそく携帯電話に差し込んでみる。

聞いたことのないメーカーのやつだったのでドキドキしたが、問題は無かった。
画面で確認すると６０ＭＢだった携帯が１０６０ＭＢにパワーアップしている。
スーパーサイヤ人感覚でパワーアップしている。
（記憶容量が増えただけで性能は変わらないが…）

しかし、ここではたと気づく。

この１ＧＢというのは、それだけの空き容量があるというだけであって、つまりは何も吹き込まれていないカセットテープなのだ。

そう。
私は、１ＧＢの空白を手に入れたに過ぎない。

…急に、広い荒野で独りぼっちの気分がしてきた。

そんなにたくさん、いったい何を保存すればいいのだろう…？

１ＧＢの空白。
恋人と別れたときに心にポッカリと空く、あの空白でさえ、せいぜい２００ＭＢだ（あくまで推定）。１ＧＢとなるとかなりの量である。

ｍｉｃｒｏＳＤに何を書き込むべきか。
今もって正解はわからないが、とりあえずこの文章を保存してみた。（このブログは携帯電話のメモパッドを使って書いている）

たったの５ＫＢだった。
だが、こうやって少しずつ空白を埋めてゆくのだ。

その作業は、人生を生きることに似ているのかもしれない。
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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/02/post_28.php</link>
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         <pubDate>Thu, 21 Feb 2008 02:18:17 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>おにぎり万歳！</title>
         <description>おにぎりについて考えた。

はたしておにぎりについて考える必要があるのかはわからないが、日本人なのだからたまにはおにぎりのことを考えてもいいじゃないか。

発端はこの疑問だ。

“人は一生のうちにいくつおにぎりを食べるのか？”

もちろん個人差はあるだろう。
だが、夜食や仕事の合間の軽食など、結構な頻度でおにぎりを食べている筈だ。遠足や運動会でも食べる。
それに私などは男だ。
おにぎりを食べるなら２個は食べたい。

まあ、計算しやすいよう、平均１日１個食べることとしましょう。（ちょっと多い気もしますが、非現実的な数字ではない筈です）

するとどうだ。
１年で３６５個。１０年で３６５０個。３０年食べれば、１万個を超えるのだ。

凄くないですか？

赤ちゃんはおにぎりを食べないのでその期間を差し引くとしても、一生のうちに２万５０００個～３万個くらいは食べる計算になる。

私も、あなたも、コブクロの２人も、みんなそれくらいの数を食べるのだ。（シガ二ー・ウィーバーやジョ二ー・デップはあまり食べない。来日した時に２、３個食べるだけだ）

まるで、おにぎり消費マシーンだ。
この数字を自殺しようとしている人に教えてあげたい。

「人間はおにぎりを１万個食べることだってできるんです。世の中には努力してできないことなんてありませんよ！」、と。

人生は素晴らしい。そして、おにぎりも素晴らしい。
おにぎり万歳。

体内に摂取されたおにぎりは、糖分に変わり、エネルギーとして脳に送られ、今こうして私に文章を書かせている…。

つまり、私はさっき、おにぎりを食べたのだ。

おにぎり万歳。

ＮＯ ＯＮＩＧＩＲＩ，ＮＯ ＬＩＦＥ．
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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/02/post_27.php</link>
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         <pubDate>Fri, 08 Feb 2008 23:36:39 +0900</pubDate>
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         <title>強い心</title>
         <description>どこかの会社では社員研修として素手でトイレ掃除をさせるという話を聞いたことがある。
ブラシもゴム手袋も使わず、素手で布巾を持って便器を磨くのだ。もしかすると、布巾すら使わなかったかもしれない。

どうしてそんなことをさせるのかというと、精神力を鍛えるためだそうだ。

なるほど。
確かに便器は汚くて嫌だが、きちんと手を洗って消毒すれば何か害が残るわけではない。

つまりは気持ちの問題。
「汚い」という意識を克服することで便器に触ることも全く平気になるのだ。

そして、社会に出て必要とされるのは意外とそのような「強さ」かもしれない。
苦手な相手と感情を押し殺して仕事をする時、上司からの理不尽な命令に黙って従わねばならない時…。
そんな時に求められるものこそ、自分の気持ちを克服する強さだ。

そう考えると、最大の成功者たる、もっとも強い心を持つ男の人物像が浮かび上がってくる。


“ウンコを素手でつかむ男”

やはり、この流れだとこうなる。
このくらいの精神力があれば会社の人間関係で悩むことなど無い筈だ。
だが、ここまで来たからにはさらに上を、さらに強い心を持つ男について考えないわけにはいかない…。

“つかんだウンコを全力で投げる男”

これも心が強い。
なにせ、投げると飛び散る恐れがあるし、誰かに当たるかもしれない。そんなリスクをものともしない鉄の心がここにある。まさしくサムライだ。
しかし、まだ上がいる。

“それを素手で受け止める男”

“つかんだウンコを全力で投げる男”の先にいるのが、この男だ。男の中の男。
もちろん受け止めた衝撃でウンコは飛び散る。だが、男は眉ひとつ動かさずにこう言い放つだろう。

「ナイスボール！」

もはや、彼の心は海にも匹敵する。
全てを受け止め、全てを包み込む大海原だ。
そして、彼が海ならば、大地にあたるのがこの男…。

“ウンコで家を造り、その中に住む男”

ここまでの域に達すれば、ビジネスで成功をおさめることなどたやすい筈だ。

青年実業家を目指す皆さん。
是非、強い心を持ってウンコをつかんでください。
ウンコをつかんだ者だけが金をつかみ、
夢をつかむことができるのです！！

ご静聴、ありがとうございました。


…この原稿を書いている途中、さすがに品が無さ過ぎるので何度もやめようと思ったのですが、その気持ちを克服して最後まで書いてしまいました。

強い心も考えものです。
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         <link>http://www.n-houkou.net/blog/2008/01/post_26.php</link>
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         <pubDate>Sat, 26 Jan 2008 10:05:57 +0900</pubDate>
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         <title>頭の中の地図</title>
         <description>ジンカーズ第２回単独ライブ『ｐａｐｒｉｋａ』を観てきた。
会場は内幸町ホール。

開演より２時間早く内幸町駅に着いた私は、喫茶店を探して闇雲に劇場周辺をうろつく。

馴染みのない街だ。地下鉄で来たので近くに何があるのかもよくわからない。

だが、しばらく歩いているうちにいきなり見覚えのある風景に行き当たった。

「みゆき通り」

私はこの通りを知っている。
２０代の頃、私と真汐くんは銀座の喫茶店でバイトをしていた。
店は取り壊されてしまったが、当時の日々は今も忘れることのできない青春の１ページである。（全部で２、３ページしかない薄い青春だが）
そして、当時よく弁当を買いに来ていたのがこの、みゆき通りなのだ。

「…ここは、銀座だったのか！」

頭の中の地図がつながった。
内幸町、銀座の近く！（新橋も近い）

なんだか懐かしい気持ちになり、テンションの上がった私。
懐かしい雰囲気の喫茶店に入って懐かしい味のコーヒー（たぶん錯覚）を飲み、懐かしい道（さっき初めて通った道）を通って劇場へと戻る。（劇場は全く懐かしくなかった。なんだか新しくて近代的なのだ）

（さて、ここからがやっとジンカーズの感想です）

彼らのコントは素晴らしかった。
全く無駄が無いのだ。テーマに忠実で、それを妨げる要素は一切排除している。
並みのお笑い芸人なら安易な笑いに走るところを彼らはぐっと耐える。
抑制の効いた演技が、その世界観に独特なリアリティを与える。
何が彼らをそうさせるのか。

そこにあるのは、「お笑い魂」や「でんがなまんがな」ではない。ましてや、「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃ～」でもなければ、「う～ん、ジョージショック！チンチラポッポ！」でもない。

それらと対極にある「都会のコント」（なんなら「銀座のコント」）こそ、彼らがストイックに追い求めているものだろう。
そして、私もそれに似たものを追い求めている。

頭の中の地図がつながった。
私は、ジンカーズのすぐ近くを歩いている。

そして、内幸町は銀座の近くだ。
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         <pubDate>Thu, 17 Jan 2008 23:50:50 +0900</pubDate>
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