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どこかの会社では社員研修として素手でトイレ掃除をさせるという話を聞いたことがある。
ブラシもゴム手袋も使わず、素手で布巾を持って便器を磨くのだ。もしかすると、布巾すら使わなかったかもしれない。
どうしてそんなことをさせるのかというと、精神力を鍛えるためだそうだ。
なるほど。
確かに便器は汚くて嫌だが、きちんと手を洗って消毒すれば何か害が残るわけではない。
つまりは気持ちの問題。
「汚い」という意識を克服することで便器に触ることも全く平気になるのだ。
そして、社会に出て必要とされるのは意外とそのような「強さ」かもしれない。
苦手な相手と感情を押し殺して仕事をする時、上司からの理不尽な命令に黙って従わねばならない時…。
そんな時に求められるものこそ、自分の気持ちを克服する強さだ。
そう考えると、最大の成功者たる、もっとも強い心を持つ男の人物像が浮かび上がってくる。
“ウンコを素手でつかむ男”
やはり、この流れだとこうなる。
このくらいの精神力があれば会社の人間関係で悩むことなど無い筈だ。
だが、ここまで来たからにはさらに上を、さらに強い心を持つ男について考えないわけにはいかない…。
“つかんだウンコを全力で投げる男”
これも心が強い。
なにせ、投げると飛び散る恐れがあるし、誰かに当たるかもしれない。そんなリスクをものともしない鉄の心がここにある。まさしくサムライだ。
しかし、まだ上がいる。
“それを素手で受け止める男”
“つかんだウンコを全力で投げる男”の先にいるのが、この男だ。男の中の男。
もちろん受け止めた衝撃でウンコは飛び散る。だが、男は眉ひとつ動かさずにこう言い放つだろう。
「ナイスボール!」
もはや、彼の心は海にも匹敵する。
全てを受け止め、全てを包み込む大海原だ。
そして、彼が海ならば、大地にあたるのがこの男…。
“ウンコで家を造り、その中に住む男”
ここまでの域に達すれば、ビジネスで成功をおさめることなどたやすい筈だ。
青年実業家を目指す皆さん。
是非、強い心を持ってウンコをつかんでください。
ウンコをつかんだ者だけが金をつかみ、
夢をつかむことができるのです!!
ご静聴、ありがとうございました。
…この原稿を書いている途中、さすがに品が無さ過ぎるので何度もやめようと思ったのですが、その気持ちを克服して最後まで書いてしまいました。
強い心も考えものです。
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ジンカーズ第2回単独ライブ『paprika』を観てきた。
会場は内幸町ホール。
開演より2時間早く内幸町駅に着いた私は、喫茶店を探して闇雲に劇場周辺をうろつく。
馴染みのない街だ。地下鉄で来たので近くに何があるのかもよくわからない。
だが、しばらく歩いているうちにいきなり見覚えのある風景に行き当たった。
「みゆき通り」
私はこの通りを知っている。
20代の頃、私と真汐くんは銀座の喫茶店でバイトをしていた。
店は取り壊されてしまったが、当時の日々は今も忘れることのできない青春の1ページである。(全部で2、3ページしかない薄い青春だが)
そして、当時よく弁当を買いに来ていたのがこの、みゆき通りなのだ。
「…ここは、銀座だったのか!」
頭の中の地図がつながった。
内幸町、銀座の近く!(新橋も近い)
なんだか懐かしい気持ちになり、テンションの上がった私。
懐かしい雰囲気の喫茶店に入って懐かしい味のコーヒー(たぶん錯覚)を飲み、懐かしい道(さっき初めて通った道)を通って劇場へと戻る。(劇場は全く懐かしくなかった。なんだか新しくて近代的なのだ)
(さて、ここからがやっとジンカーズの感想です)
彼らのコントは素晴らしかった。
全く無駄が無いのだ。テーマに忠実で、それを妨げる要素は一切排除している。
並みのお笑い芸人なら安易な笑いに走るところを彼らはぐっと耐える。
抑制の効いた演技が、その世界観に独特なリアリティを与える。
何が彼らをそうさせるのか。
そこにあるのは、「お笑い魂」や「でんがなまんがな」ではない。ましてや、「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃ~」でもなければ、「う~ん、ジョージショック!チンチラポッポ!」でもない。
それらと対極にある「都会のコント」(なんなら「銀座のコント」)こそ、彼らがストイックに追い求めているものだろう。
そして、私もそれに似たものを追い求めている。
頭の中の地図がつながった。
私は、ジンカーズのすぐ近くを歩いている。
そして、内幸町は銀座の近くだ。
投稿時間 : 23:50 個別ページ表示 | トラックバック (0)
私はサーファーだ。
長髪を潮風になびかせ、真っ黒に日焼けした肌を太陽に晒し、サーフボードを抱えて焼けた砂の上を歩く。
ビーチサイドでは昼寝から覚めた女が(昨日出会った女だ。彼女は大女優のように大きなサングラスをかけていた)、大声で私の名を呼んでいる。
どうやらサンオイルを塗ってやる約束を忘れたらしい。
私は振り返りもせず、ただぞんざいに右手を振っただけで沖へと向かった。
十年前、私の全てだったあの波に、今日こそ再会できそうな気がするのだ。
………。
そんな事はない。
そもそも今は真冬だし、私はサーファーではない。
では、なんでこんな書き出しになったのか。
それは、あの言葉のせいだ。
「ネットサーフィン」
私はこの言葉が好きだ。
今や誰も口にしなくなった言葉だが、もっと皆で使って欲しいと思っている。
インターネットという大海原を、クリックひとつでスイスイと自在に滑走する…。その感覚はまさにサーフィンそのものだ。(本当のサーフィンはやったことが無いが)
最初にこの言葉を作った人は偉いと思う。
しかし、そこには落とし穴があった。
「昨日ネットサーフィンしてたらさぁ…」
なんだ、この言葉を口にする時のなんとも言えない気恥ずかしさは…。
インターネットの普及率が上がってほとんどの人がネットサーフィンを楽しむようになったにもかかわらず、この言葉が急速に廃れていった原因は、それを口にする際の気恥ずかしさにあったのだ。
では、この気恥ずかしさはどこから来るのか…?
その答えは冒頭の文章の中にある。
皆さんはあれを読んで何か感じなかっただろうか?
そう。
「ネットサーフィン」が恥ずかしいのではない。
恥ずかしいのは、「サーフィン」だ。
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あけましておめでとうございます。
皆さんは年末年始、どんな風に過ごしましたか?
モチはいくつ入れましたか?
私はダラダラとテレビを見て、たいていモチを2つ入れました。
モチは不思議です。
なぜ焼くとふくらむのでしょうか。
しかも、1つ1つ違うふくらみ方をします。どれをとっても1つとして同じふくらみ方をしていません。
世界にひとつだけのモチです。
SMAPの曲がそういうタイトルだったら、いくら同じ内容でもあれほどヒットはしなかったでしょう。
言葉というのは不思議です。
それでは、今年もNの方向をよろしくお願い致します。
向田も2008年は、モチのように粘り強く、いい感じに膨らんだり、老人の喉にまとわりついたりしていこうと思います。
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